True Stories/実話
◯旅の終わりの音楽
エリック・フォスネス・ハンセン/村松 潔訳
新潮社 1998年5月30日初版 ISBM4-10-590002-1
最近の研究では、最後に演奏された曲は賛美歌ではなく、当時流行していた物悲しいワルツだったらしいことがかなりはっきりしてきた。〈ソンジュ・ドートンヌ/秋の夢〉という曲。
あ
◯タイタニック 百年目の真実 チャールズ・ペレグリーノ/伊藤 綺訳
原書房 2012年10月1日初版 ISBM978-4-04856-4
P162 流れてくるのはほとんどが陽気なラグタイム音楽で、ところどころにアーヴィング・バ-リンの曲を交えていた。『アレキサンダーズ・ラグタイム・バンド』
P389カルパチア号がニューヨークに到着するずっと前、タイタニックの楽団とそれが演奏した楽曲は伝説そのものになろうとしていた。イングランド北西部の町コーンの墓地では、ヴァイオリン奏者のウォレスヘンリーハートリーの墓に「Propior Deeo[主の御許に近づかん]」と刻まれており、これは無線室からふたつのVが打点されたころにヴァイオレットジェサップが耳にしたと思った曲、主よ、御許に近づかんからとられた。作家のヘレンチャーチルキャンディもやはりこの曲を耳にしていた。「人々が楽団のメッセージを伝える最後の旋律、最初に『秋』、つづいて『主よ~』に身を震わせた。」
将来、多くの人々がこの歌の物語を神話化するだろう。一部の歴史家や歴史愛好家のあいだでは、この楽団が演奏した曲目をめぐって熱い論争が繰り広げられることになった。
P390ウォレスヘンリーハートリーのいとこの女性、C・フォルズの知人のローランド・ハインドは、フォルズがハートリーの葬儀に参列した際、アーサー・サリヴァンの1872年版の讃美歌『主よ~』が使われたのは間違いないと確信した、と説明していた。「葬儀にはタイタニックの生存者も何人か参列しており、かれらは船で演奏されたのはサリヴァンの旋律だったと言っていたそうです」
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◯タイタニックの最後の晩餐 リック・アーチボルト&ダナ・マッコリー/梶浦 さとり訳
国書刊行会 1999年5月20日初版 ISBM4-336-04126-1
P32夕食後、一等船客の多くは隣の応接室へいって濃いコーヒーをデミタスで飲みながら、タイタニックのオーケストラが奏でる、軽いクラシック音楽やポピュラー音楽から選ばれた曲に耳を傾けた。いつでも人気の高い、オッフェンバックの『ホフマン物語』で演奏は終わった。
演奏家たちはいつも管弦合奏団を2グループにして演奏していた。クインテットは一等食堂の応接室で、トリオはアラカルトレストランの外のラウンジで。ホワイトスターの音楽の本に載っていない、どんなリクエストでもほとんどをこなしていた。
P36タイタニック号では、ラッパ吹きがふいた「オールドイングランドのローストビーフ」で船客に食事を告げた。招待客の中にトランペットを吹ける人がいないなら、ゴングをならして夕食を知らせる。
P38ワグナーの『タンホイザー』、アーサーサリバン卿の『ミカド』から、イギリスのミュージックホールなどで聞かれる流行歌やワルツまで、ありとあらゆる音楽をこなした。
ウォルターロードの調査によると、ジョイスの作品「秋の夢」のワルツが、タイタニック号が沈む前に演奏された最後の曲であることにほぼ間違いはないという。 『イギリスの軽音楽』『タイタニック号;運命の航海でささげられた音楽』『ラストダンス;タイタニック号の音楽』『エドワード7世耳朶の歌の本:応接間でのバラード1900-1914、ブージー社のカタログから』